
「実家暮らしなら、親に料理を教わればいいのに」
「少しは自炊の練習をしたら?」
「20代女子で料理したことないってどうなの?」
そんな言葉を見かけるたび、私は申し訳なさと、罪悪感でいっぱいになっていました。
こんにちは、栖山依夜(すやま いよ)です。
私は、ASD特性を持っている25歳のアラサーで、現在は実家で暮らしています。
結論からお伝えすると、私は「自炊」を完全に諦めました。
そして、その決断のおかげで、生活と心の平穏を保つことができています。
この記事では、料理スキル0の私が、なぜ「自炊を諦める」という選択をしたのかをお話しします。
私の脳は「レシピ」を見た瞬間にフリーズする
私には、ASD(自閉スペクトラム症)の特性があります。
主にマルチタスクと曖昧な指示が苦手です。
さらに能力値の差が大きく、「処理速度」が高く、「ワーキングメモリ(一時的な記憶力)」が低いタイプ。
これらの特性が、料理においては致命的でした。
ASDと診断されていなかった学生時代から、特に家庭科の調理実習などで、以下のような「困りごと」として表出していました。
・レシピの「適量」「少々」が理解できず手が止まる
・代わりの材料を使うといった融通が一切効かない
・複数の工程を同時に進められない
・「ちょっと見てて」と言われて本当に見ているだけになる
家庭科の授業ではいつも「洗い物係」。学校行事で行われた飯盒炊爨では、何をしていいか分からずポツンと突っ立っている、ある意味伝説の写真が残っています……。
私にとって、キッチンや料理、自炊は、自分の「無能っぷり」を突きつけられる、恐ろしい言葉でした。
実家のキッチンは「聖域」だった
さらに、私には実家という環境の壁もありました。
私の母は、絶対にキッチンを貸してくれないタイプ。
自分の「できなさ」に焦って料理を教えてもらおうとしても、

「手際が悪くて見ているとイライラする」
「私がやった方が早い」
「何もしないで!」
と、いつもダメ出しが飛んできました。
「できない」のに「やらせてもらえない」。
でも親戚に会うと「そんな歳にもなって料理もできないのか」「母親を手伝わないお前が悪い」と叱られ続ける始末。
私の自己肯定感はボロボロでした。
BMI15、食事は「義務」な私の食生活
私は昔から、食わず嫌いや偏食が多いタイプです。さらに少食で、BMIは15。中学生の頃から体重が変わっていません。
世の中には「美味しいものを楽しく食べる」という価値観があふれていますが、私にとって食事は「燃料補給」でしかありませんでした。
食事を抜くと、1日で2キロ落ちることはザラ。頑張って食べても、全部出て行ってしまう。
そんな体質に困っていましたが、世の中には「太りたい」なんて悩みは口が裂けても言えない空気が漂っています。
「なんとか栄養だけは補給したい」と、プロテインも試してみましたが、独特の粉っぽさと甘さが受け入れられず、長続きしませんでした。
諦めて、冷凍食品を中心とした食事生活を続けた結果、脳が回らなくなり、朝は起きれず、肌荒れ連発と大変な目に。
そんな悪循環を断ち切るために出会ったのが、宅配食でした。
障害年金で「自由」と「平和」を買う
私は現在、障害年金を受給しています。
「実家暮らしで宅配食なんて贅沢だ」と言う人もいるかもしれません。
でも、私はこの年金を使って、この食事代を払っています。
これは、単なる食費ではありません。私の精神を守るたくさんの理由が揃っているのです。
✅脳のリソースを守る「安心料」
✅親に文句を言わせないための「自立代」
✅倒れないための「サバイバル費用」
フタを開けて、電子レンジのボタンを押すだけ。
失敗する工程がない宅配食は、私にとって「1人でできる料理」になりました。
「頑張らない」という生存戦略
料理を諦めて宅配食に頼ることで、私の生活は徐々に良い方向に変わりつつあります。
・食事のタイミングを自分で決められるようになった
・「動作」に対する脳のリソースが減った
・母との無駄な衝突が減った
・健康的な食生活になった
・知らない食材の味を知った
「普通」の大人になろうとして、料理を頑張るのはやめました。
もし、あなたが「自炊できない自分」を責めているなら、伝えたいことがあります。
それは「諦める」ことは、逃げではなく、自分を守るための立派な戦略だということ。
このブログでは、料理スキル0・偏食・少食の私が、いかにして「頑張らずに」生きているか、そのリアルな過程を発信していきます。
私の経験が、どなたかの支えになれば幸いです。
