はじめまして。栖山 依夜(すやま いよ)といいます。私は、ASD(自閉スペクトラム)の診断を受けている20代です。
現在は、障害年金(2級)を受給しながら、フリーランスとして働いています。精神障害者手帳(3級)も取得しており、はっきり言って「1人で生きること」が難しい状態です。
この記事を開いてくださった方は、「生きづらい」「社不」「人生終わり」といういずれかの言葉に惹かれて、クリックしてくださったのではないでしょうか。
・生きづらさを抱えている
・「普通」を目指そうとしたことがある
・自分は発達グレーゾーンではないかと思ったことがある
・発達障害の診断を受けた
もし、上記のどれかに心当たりがある場合は、このまま読み進めていただけると嬉しいです。
「発達障害」として生きることの難しさ

タイトルにも記載の通り、私は生きづらさを抱えて生きてきました。その理由の一つとして、ASD「受動型」であったことが関連していると感じています。

「みんなやってるから」と流れに身を任せてスタートした社会人生活は数か月で挫折し、残されたのはレールを外れた絶望と「障害者」という事実。診断後は、「もう頑張らなくていい」という安心感もある中、これからのスケジュールが真っ白になったことへの漠然とした恐怖がありました。
現在、私は年金に加えて、フリマサイトでの売却やブログなど、在宅で完結できるものだけで暮らしています。細々とですが、「文章を書くこと」で仕事もできるようになり、継続して仕事をいただいたこともあります。

生きづらさの経歴

思い返すと、生きづらさは幼少期からいろいろな形で表出していました。私は、幼小中と地元の学校に通い、私立高校、私立大学を卒業しています。
「普通」を探し求めた幼少期~中学時代
小学生低学年ごろから、〈普通〉であることにこだわり続け、自分の気持ちを押し殺して生きていました。
〈誰かと違う自分〉であることを過度に恐れていて、裁縫道具は絶対に皆と同じ種類のものを選び、少女雑誌の付録をペンケースにして安心しているような子どもでした。
とにかく他人の顔色を窺い、誰も手を挙げない委員会の係決めなども、空気に耐えられず渋々手を挙げてしまうような性格。
HSP気質ということもあり、とにかく争いごとを避けることに必死でした。
その一方で、「自分の好みを大切にしたい」という気持ちも少なからずあり、「好みを出しても引かれないレベル」というものを永遠に模索し続けていました。
「普通」を疑い始めた大学時代~現在
自分らしさや普通、疎外感といったようなものへの興味関心は大学に入ってからも続きました。
自分という人間の謎を解き明かせるかもしれない、と心理学科に進学。資格自体は持っていませんが、認定心理士が貰える単位はすべて取得しました。

今思えば、この動機もかなりズレているんですよね…
順調に進んでいた大学生活ですが、問題は就職活動でした。自分の意見がないどころか、「自分ってなんだろう?」というところでつまずいていたので、もちろん大苦戦。
大学2年の5月ごろから就活を始めたのにもかかわらず、1つ目の内定をいただいたのは大学3年の6月でした。後にも先にも、内定をいただけたのはこの1社だけ。
その会社に新卒で入社するも、5か月で適応障害になり、休職しました。そして、そのまま1年足らずで退職。その時期に通っていたメンタルクリニックのカウンセラーさんと話をするうちに、自分の特性に何かがあるのでは?と思うようになり、検査を受けることを決意しました。
そして2024年の10月に自閉スペクトラム障害(ASD)であると診断されました。
診断されるまでの詳しい経緯は、こちらでまとめています。

ブログを始めた理由は「誰かの役に立ちたい」から

私は幼少期から生きづらさを抱えて生きてきました。当時はその苦しさの理由がわからず、言葉にすることもできませんでした。でも今は、その原因がわかります。自分に合った解決方法も考えることができます。
私はどうしても耐えられないのに、他の人は違うの?
みんなの言う「普通に考えたらできる」って何?
なんでそんな簡単に理解できるの?
この感覚って私だけ?
これらは、私が常日頃から抱いている疑問です。その時はまさか、自分が発達障害だとは思ってもいませんでした。
でも、診断されてからは、自分の特性を理解できたと同時に、〈同じような疑問・悩みを抱えている人の力になりたい!〉〈もっと特性について知ってほしい!〉と強く思うようになりました。
それが、このブログを立ち上げた経緯です。
「理解される」喜びを広げたい
これはASDを始め、発達障害を持っている方以外にも当てはまることですが、日々マイノリティという立場で生きていると、
「私なんて誰にも理解してもらえないんだ…」「私は一生ひとりぼっちだ…」
と思い込んで、つい塞ぎ込みがちになってしまいます。ネットの世界では仲間が沢山いるのにもかかわらず、です。
たとえば最近、流行りに流行っているMBTI診断ってありますよね。私はINFJという16タイプある中で、最もレアなタイプなのですが、このタイプがまさにそれに当てはまります。
現実世界では、そうそう出会うことができないINFJという人間ですが、私の体感上、SNSでは必ずといっていいほど見かけます。
それには、隠されたこんな思いがあるからだと思っています。
「誰か、私の気持ちを分かってほしい」
理解されない苦しみを共有するために、同じ悩みを抱える仲間を探す。これは、INFJだけでなく、マイノリティで生きる人すべてに当てはまることだと思っています。
「介護士」の経験が教えてくれた大切なこと
経歴の部分で書いた新卒入社のお話に少し戻りますが、私は介護士として働いていました。(数か月しか働いていませんでしたが…)
介護という仕事が他の仕事と大きく異なるのは、「人」を相手にするというところ。私がご高齢の方と接する上で一番大切にしていたのは「共感」の気持ちでした。
たとえ問題の解決ができなくても、
話を聞いてくれた! 味方になってくれた! 受け入れてくれた!
それだけで心が軽くなることを知っていたからです。
その大切さを身をもって学べたからこそ、私はこのブログでそんな輪を広げていきたいと思っています。「わかる!」「心が軽くなった」そう思っていただけるような記事を、皆さんにお届けできたら嬉しいです。
抱えてきた「生きづらさ」を本にしています
現在、kindleにて本を出版しています!
タイトルは「ASD女子のご機嫌習慣~毎日が生きやすくなる50のヒント~」。今まで「生きづらさ」を解消するために見つけた小さな方法を、すべてこの本にまとめました。
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ASDと診断されている方はもちろん、言語化できないモヤモヤを抱えている方や、なんだか生きづらい…と感じている方にも、しっかり届く内容になっている自信があります。
kindle unlimitedに登録している方は無料でお読みいただけます。ぜひ一度、目を通してみてください。
長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました!